目を閉じているのか開いているのかそれすら判らない闇の中、幸村はつと睫に触れた汗に、目を眇めた。弾き切れずに目に入った汗に、ちりと痛みが滲む。
閉め切った部屋の外では、低く雷鳴が響く。嵐が近付いている。此の季節に一筋の隙間もなく板戸を閉め切ってしまうなど愚かでしかなかったが、しかし此の闇こそがいい、と幸村は思う。
酷く暑い空気に溜息のように息を吐き、幸村はぬるぬると滑る掌で触れていた肩を辿り、常になく強く脈打つ首筋を辿り、輪郭をなぞった。上擦った顎を親指で撫で、無骨な指で喘ぐ形に開かれた唇に触れる。唾液に濡れた歯に爪が掛かり、く、と顎が上がった。
微かに乱れた息遣いが聞こえる。幸村は輪郭を頼りに顔を近付け、口を開いて薄い唇を食んだ。柔らかく歯を立て歪む肉に目を閉じ、湿った息を洩らす口を塞ぐ。
「────、ん」
微かに声を洩らし、続いてごくり、と唾を呑む音がした。大きく喉と胸が動く。苦しげな仕種に構わず幾度も角度を変え、口付けると言うよりは捕食する仕種で両手で思うよりも小さな頭蓋骨を挟み込み唇を、舌を吸えば、溢れた唾液が顎を伝った。全身水を浴びたかのように濡れた幸村と違い、汗に湿ってはいたがそれでも流れるほどではなかった肌を汚し、ふいに満足して幸村はきつく顔を掴んでいた手を弛め、こめかみから目尻をゆるく辿る。閉じた瞼と、ぴくりと震えた睫が指先に触れ、薄い皮膜を撫でればぎょろりと眼球が動く様が判った。
「………お館様の所へ来る按摩が、」
「う、ん?」
つと唇を解放し、息の掛かる距離で囁くと、は、と呼吸を逃がして佐助は放っていた手を持ち上げ髪を掻いた。小指の先が、幸村の額を弾く。
「なあに……? 按摩が、どうしたって言うの」
「こうして相手の躯をさするだろう。それは、物の輪郭を確かめる為なのだな」
確かに、掌で、指先で辿れば意外な程にはっきりと、物の形は判る。色は判らぬが、その代わり見ているだけでは判らぬ、激務の割に荒れぬ肌が意外と若くしっとりと薄い事も、見えぬ傷跡の僅かな肉の盛り上がりも、唇の柔らかさも判る。
佐助はふうん、と呟いて、再び腕を持ち上げたようだった。と思えばひたりと背に掌が触れる。ぬるり、と滑らされた掌が汗を拭い、こそがれたそれが脇腹を伝い、ぽたぽたと落ちた。
「すっげえ汗」
「後で水を浴びる」
「今日は此の布団じゃ、寝られねえよ。ぐっしょりだ」
「板間にごろ寝でも構わぬ。家人を起こす事もあるまい」
なんなら膝を貸せ、と囁いて唇を落とすと口の端に触れたようで、言葉を封じられるに至らなかった佐助が、それでは己が眠れぬと溜息を吐いた。
「暑っちい……」
「お館様の炎程ではない」
「比べないでよ、そんなの………、」
手探りで肩を掴み、掌を胸へと滑り降ろす。触れた尖りを捏ね、左手を更に滑らせて内腿を押し遣ると、佐助は踵を滑らせ緩慢に足を開いた。柔らかな内腿の肉を辿る。そんな所にも傷跡がある。
「お前、こんな所を、いつ怪我をした」
足の付け根の辺りのそれを、親指の硬い皮膚でざらざらと撫でながら尋ねると、佐助はいつだっけなあ、と間延びした声で呟いた。
「餓鬼の頃だよ。いつだったかは覚えてねえけど、すっげえ血が出た」
「良く生きていたな」
「はは、危なかったねえ。もうちょっとずれてたら死んでたわ。そうじゃなくても足が駄目になってたかな」
直ぐ側の、傷付けられる事なく残ったぴんと張った腱をぐり、と潰す。く、と反射的に動いた膝が、腕を叩いた。
幸村は構わず、滑らせた掌で臀部を支え、そのまま痩身に触れるうちに猛り切った自身で最奥を探った。自主的に浮かされた腰が僅かに動き、濡れた其処を晒す。
「────、」
濡れた音を立て、今宵既に幾度か開かせていた躯が容易く幸村を招き入れた。柔らかな蠕動と濡れた粘膜に呑まれるまま腰を進め、幾度となく擦り上げた弱みをゆるゆると押し上げる。言葉も息も詰めた佐助が、くんと腰を浮かせた。
「あ、………っ」
ぐ、と下腹が押し付けられ、ず、と敷布の上を衣擦れを立て、踵が滑る。褥を越えたか、どん、と思い掛けず床板を叩く音が響いた。
「だん、な……!」
汗に濡れた背をぬるぬると滑る指が、掴まろうというのか鉤のように歪に肉へと食い込んだ。撓る背の下へと腕を回し押し付けられる躯を更に密着させると、触れてやってもいなかったというのにいつの間にか立ち上がらせていた雄が、硬い腹に押し潰されて濡れた。内部が絞るように、幸村を噛む。
「佐助、」
離すまいと背にしがみつく手に今暫く深く呑んで居たいのだろうと察しはしたが、幸村はしっかりと躯を密着させたまま、ふいに大きく動いた。ぞわ、と腰の裏を快感の怖気が走る。
躯の内側と立ち上がり切った快楽の象徴を一度に強く刺激され、佐助は声なき声に息を震わせた。時折切れ切れに詰めた息へと混じる嗚咽のようなか細い悲鳴と、背へと食い込む短く爪を整えた指先の骨の感触に、幸村は見えぬのを承知でしっかと目を見開いた。つうと眼球を流れた汗は、興奮に浮ついた躯には、最早痛みもない。
佐助、と囁いた低い声が、くっきりと響く。鼻先が時折触れ合う程近くに寄せていた顔を更に低く落とし、立ち上る汗のにおいに無意識に舌を伸ばした。
ぞろりと舐めた先は耳の付け根で、その塩辛い味に幸村は深く満足し、瞳を細めて其処だけひやりと唇に触れた耳朶に、ぎりと歯を立て噛み付いた。
20080807
暑い。
文
虫
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