関ヶ原で大きな戦があるしい、と聞いて、全部なぎ倒したらおれさまが一番と意気揚々と来てみれば、疾っくに終わった後であったらしい。
屍が広がり烏ががあがあと煩い荒野には、陰気な赤い男が一人血塗れの死体を抱いていた。
男もまた、大きな傷を負っている。死ぬような傷ではないと軽く思うが、手負いの相手と勝負して勝った所で勝ちには入らぬ。
だからそれをどうするんだと大して興味もないまま手持ち無沙汰に訊いてみると、男は足下に横たえた死体に目をくれたまま、ゆっくりと立ち上がった。二本の槍を掴み取る。
「燃すのだ」
「埋めればいいじゃん」
「佐助は火が恐ろしいと言っていた」
佐助とは足下の死体だろう。興味のない事はあまり覚えていなかったが、いつだったか会った折りに、からかいの言葉を掛けて来た忍者がそんな名で呼ばれていたように思う。
そういえば呼んでいたのは此の赤い男だった。
「火がこわいんなら燃したらうらまれるだろ」
ぐり、と半顔を向けた男は、驚いたように武蔵を見て、それから怖いように笑った。わけわかんねえ、と武蔵は思う。こいつは馬鹿だ。頭が馬鹿になっている。
「恨まれるか。それも良い」
「なんで燃すんだよ」
「放って置けば腐るのだ。おれは、佐助が腐る様など見たくない」
「埋めればいいじゃん」
二度繰り返した言葉に、男は頭を振った。
「埋めた所で腐るのだぞ。放って置けば獣に食われ、埋めれば虫に食われる。ならば一気に骨となった方がましではないか。おれは、佐助が何者かに食われる所など、見たくない」
「いみわかんねー」
「判らぬか」
「おめーが食えば」
まるで己以外にくれてやるのが惜しいとでも言うような、欲深な響きに思うがままに言い放つと、男は瞬間嬉しげに目を輝かせ、それからふいと顔を背けた。
「そのような、人道に悖る真似は出来ぬ」
「あっそ」
本格的につまらなくなって、武蔵は踵を返した。
「つっまんねえの。おまえきもちわるい」
男は無言で此方を見たようだった。武蔵は屍の合間を縫い、血に泥濘る荒野をびちゃびちゃと歩いた。
暫く真っ直ぐに来た道を戻ると、後方から熱に押された。振り向くと大きな火が上がっている。
しばらくそれを眺めて、あれじゃあ骨も残らない、と呆れ、武蔵はけっ、と毒突いた。
「ばーか」
心底馬鹿にした声色で言って、それから武蔵は少しばかり唾を呑んだ。瞬きを我慢出来るところまで火の色を見詰め、それから肩を聳やかして背を向ける。
たしか奈良の男が火が好きだった。あいつに話してやれば旨い菓子でも出してくるかもしれない。
ぐうと腹の虫を鳴かせて再びびちゃびちゃと血の泥を跳ね上げて歩き出し、武蔵はもう振り返らなかった。
20090225
むしろ悪食
別にだんなは狂っちゃいませんちょう平常
誰かにやるくらいなら自分が食べたいだんな
奈良の男は大仏殿のひとです
文
虫
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