20080216〜0412まで設置

 
 
 
 
 
 
 日差しは大分温んで来たとは言え木々はまだ冬枯れたままの季節、日陰となれば息も白い程だ。
 そんな藪の合間を乱暴に掻き分けて見れば、湿った躯がちいさくちいさく鞠の様に丸まっていて、幸村はその毛玉を引き寄せ腹に抱えて座った。腥い毛並みに鼻先を埋める。
 狐は元々体臭がきつい。その為日に幾度か水に入り臭いを落とし、毛繕いを絶やさずいつでもふわふわと臭いの無い毛並みを整えている筈の赤毛が、今はべたりと湿り、尾の一部など、ごわごわと固まっている程だ。
 幸村は、ひんやりとした躯をじっと抱いた。強張った手足は動かず、ただ耳朶ばかりが、触れれば柔らかく曲がる。
 やがて、ふう、と鼻息が虎縞の毛を小さく吹いた。幸村はゆっくりと狐の背を舐める。砂混じりの血の味がする。
 幸村はゆっくりと立ち上がり、狐の首筋の皮を噛んでぶら下げた。そのままのしのしと森を歩けば、何処の狐だ、喰うのか、誰かにやるのかと目を向けた者等が、赤みの強いその毛並みに気付いたか、一様に息を潜めた。誰も声を掛ける者もない。
 幸村は一瞥もせずに、黙って塒へと足を進めた。温かで空気の通りも悪くはない洞穴へと踏み込み、敷き詰めた枯れ草の上へとゆっくりと狐を下ろせば、小さな足音が幾つも追って来た。構わず再びくたりと伸びた躯を腹に抱けば、薬草を咥えた真田の狐達が、各々やって来てはそれを下ろし、じっと幸村を見詰めた。
 幸村が頷くと、狐達は頭を垂れて、長たる赤狐をちらと見遣り、一つも鼻を鳴らす事もせずに去った。
 幸村は薬草の一つを引き寄せて、口へ含み噛んだ。草食動物の様に摺り潰す様な咀嚼は得意では無いが、くちゃくちゃと唾液を混ぜて苦い草を食み、狐の鼻先へと吐き出す。それから狐の口元を幾度も舐めれば、やがて長い鼻面が動き、顎が緩んだ。だらり、と緩慢に垂れた舌が血を失って、黒い。
 幸村は噛み下した薬草を狐の口元へと分厚い舌で押し遣った。薄い舌が見当違いの場所を力無く舐めるのに、根気強く押し込む。
 己が長い嘴を持つ鳥であれば容易く喰わせてやることも出来ように、と命を搾取するばかりの己の身に理不尽に憤ると、漸くに狐の舌が草を拾った。ようよう呑み込む様に、幸村は汚れた口元を舐め取って、それから未だじくじくと濡れている傷へと、残った薬草を当てた。
 腹へと抱え、汚れた躯をゆっくりと舐め取りながら、熱の失われた屍の様な躯をじっと温める。血にも泥にも汚れずにいた耳の後と小さな後頭部の柔い毛に濡れた鼻を擦り付ければ、そこで初めて、ひゅうん、と微かに、狐が鼻を鳴らした。
 幸村は一つ、瞬いた。ぽろりと眦から涙が零れる。
 
「佐助。死ぬな」
 
 囁き、大きく熱く若い虎の躯で此の冬の間に幾分か痩せた赤狐の小さく細い躯を抱え、幸村はくしゅ、と仔の様に湿った鼻を鳴らした。

 
 
森 羅

thousand daysとなんとなくリンク。