20080116〜0216まで設置
「あっれー、かすがじゃないの」 態とらしいはしゃいだ声で名を呼んだ赤みの強い毛並みの狐を、かすがは真白な尾をふさりと振って睨み付けた。 「うるさい! きいきい喚くんじゃない!」 「なになに、やっぱり里が恋しくなっちゃった? いやあ残念だねえ、俺様も一緒に里帰りといきたいとこなんだけど、生憎お使いの途中でさあ」 「だっ、誰が里帰りだと言ったんだ! 私もお使いの途ちゅ……お、お前には関係ないだろ! 邪魔をするな、向こうへ行け!」 「冷たいねえ。でも、なあんだ。帰って来たんじゃないなら、こっちからって言ったら、おんなじとこにご用じゃないの? なら一緒に行こうぜ、かすが」 「馬鹿を言うな! 別の森の奴なんかと、なんで……」 「じゃあお前が帰りなよ。俺様は、道を譲る気はないよ」 笑んだ形のまま細めた目が、じっとかすがを見詰めた。かすがはむっと鼻の頭に皺を寄せ、つんと鼻先を逸らす。 「私だって譲る気はない!」 「なら、一緒に行くしかないだろ」 「だからって、隣に並ぶな! 離れて歩け!」 「良いじゃないの、旅は道連れ、ってね」 「……何だ、それは」 「はぐれ狼が言ってた」 「嗚呼……前田の」 「知ってるの」 「謙信様の知り合いだ。こないだも図々しく飯をたかりに来て」 迷惑しているんだ、と溜息を吐いたかすがに、その割に顔は嫌がってないよなあとちらと覗いて、それから佐助は歩きながらふと鼻面を上向けた。 「どうした」 「……ん、なんか、嗅ぎ慣れない臭いがした気が」 「ん……?」 くん、と鼻を鳴らし、かすがは怪訝な顔をする。 「………誰か、居る?」 「気の所為か……もう竹中の縄張りだもんな」 「いや、だが、何だ……此れは……知らない臭いだ。竹中の所には前にも来たが、こんな臭いは」 「何か、新しく住み着いたかな。見た事ない様なのなら、ちょっとご挨拶しときたいとこだねえ」 軽い調子で言いながら目の中に高まって行く警戒心に、かすがは僅かに沈黙して、それからその赤みの強い毛皮に鼻を寄せた。首筋にもこもこと溜まったそれを、ごしごしと擦り、厚い皮ごと軽く噛んで引く。 「落ち着け、佐助。生半な相手に獲られる程、私もお前も弱くはない」 「おっ、言うねえ」 へへえ、と笑い、佐助は笑みをそのままに、ふっと声を潜めた。 「かすが、上、見てみな」 そっと視線を向けると、木々の合間を大きな羽根の影がちらと過ぎる。 「……鷲か……?」 「かな。でかい烏かとも思ったけど」 「あの翼は黒い鷲だろう……猛禽だ」 「気を付けろよ。俺達より、随分でかいぜ。引っ掴まれたら、そのまんま巣までお持ち帰りで食われちまう」 暴れれば遙か空の高みから落とされて、生きたまま食われるか死んでから食われるか、どの道美味しく胃袋の中行きだ。 「……何を探しているんだ」 「まさかあれも、お使いの途中だなんて言うんじゃねえだろうな」 「まさか。どうして鷲が、誰かのお使いなんて……鷹なら兎も角」 「知ってる? 鷲も鷹の親戚なんだって」 「しかし鷲は王者だ」 肩を寄せ合いひそひそと話をして、兎に角、と二匹は気配を殺し歩き出した。 「早いとこ、お使い済ませて帰らなきゃ」 「嗚呼。道草を食っている場合ではないな」 ぐん、と鷲は高度を上げ、木々の影に隠れた様だった。 今の隙に、と目的地までの最短距離を駆け出した二匹の太い尾が靡く様を、梢の影に留まった鷲は声なく見詰め、伝令役の栗鼠達を鉤爪で叩き落としながら、つと後を尾行始めた。 |
狐死して丘に首す
こたろストーリー第一章イメージ。