天下が平定されて戦が終わり、戦をするしか能がない、泰平の世が来たなら隠居でもして城下の子供に武道でも教えて暮らすかそれとも平和の世を巡って腕試しの旅にでも出ようかと常々言っていた幸村に待っていたのは、そんな暇など貰う間もなく有事に際しての練兵や政に駆り出され、今や天下人となった信玄の元で忙しく働く日々だった。
逆に何に付けても小器用で戦など無くても職などいくらでもありそうに思えた戦忍は、忍隊を解体し僅かな精鋭を御庭番衆として残した後は、幸村の忍びのまま主の屋敷に籠もっていた。
初めはそれでも家人を手伝い細々とした雑用もしていたようだったが、当然佐助が居ずとも家の中の事は片が付く。佐助が居なくば、佐助でなくばという仕事などなく、本当なら信玄へ預け、諜報の要として忙しくさせた方が良かったのだろうとは思いはしたが、けれど今更手放し難く、そうしているうちに気付けば与えた離れから出て来ることも滅多になくなってしまった。
戦なくば役にも立たぬは忍びの方であったかと幸村が思えば、佐助は心を読んだかのように、だから昔からそう言っていたのにと笑う。
「佐助」
暗がりに滑り込み、名を呼べば温い手が足首に触れた。その手を掬い上げ抱き寄せた躯は酷く細く、腰に回した腕で強く身に寄せても旋毛は幸村の鼻先に触れる程度だ。
佐助は昔から少しばかり小柄であったが、二十歳を越しても背の伸び続けた幸村からすれば、女児のように小さく細い。
枯れ枝の如く細った指が、背に食い込み布地を滑る。心地良い痺れに目を細めると、ふ、と息が着物の合わせを縫って肌へと触れた。そのまま、骨が剥き出しになったのではないかと思える程の指先が、ぐぐ、と背を刺激しながらゆったりと上り下りを繰り返す。連日政務が忙しく、凝り固まっていた筋肉にその尖った指先が心地良い。
腕で背を包んだまま、ゆるゆるといつでも清潔に乾いている柔らかな髪を掻き混ぜ頭皮を掻き、首筋へと鼻先を埋める。痩せた躯ではあったが肌は女のように薄く柔らかで、熱くも冷たくもない、馴染む体温を貯めている。
やがて焦れたか、背を彷徨っていた指が腰の辺りへと降りて来た。性感を刺激する動きに小さく笑い、幸村は身を折り軽い躯を抱き抱え、畳みへと膝を突く。
そのまま横たえた身へのし掛かれば、佐助の指が幸村の項を包んだ。脇の下へと潜り込んだままの腕はそれ以上上がらず、幸村は望まれるままに小さな頭蓋骨を抱き締める。瞼へと口を付け、薄い皮膚の下で動く瞳の美しさを思い目を細めれば、佐助は再び小さく息を吐いた。
大して乱した訳でもない着物の合わせが割れる。緩く着付けていたのだろうそれは夜着ではなかったが、幾枚か重ね着をした寒がりな姿でも、布地を掻き分ける手間を掛けずに生の膝が腿を叩き、佐助は自ら大きく脚を開いた。
幸村はそうと関節の小さな膝に触れ、細い腿の裏を掌で辿る。そのまま滑らかな肌を皮の厚い手で撫で、最奥に触れると既に幾度も開かせた後のように弛んだ後孔が、恥じらいを見せてきゅうと窄まった。
渡りを予感して自ら仕込んでいたものかと考えた事もあったが、仕事の合間、唐突に出来た暇を共に茶でも呑んで過ごそうとやって来る真昼間でも、此れと変わらぬ万全の準備がされている。此の屋敷に、幸村の逆鱗へ触れてまで他に佐助を抱こうとする者などおらぬし、佐助も自ら弄る事などしていないと言う。
幸村は誘うように甘い吐息を洩らす佐助の唇を、歯を立てぬようにそっと食んだ。佐助はむずがる子供の仕種で僅かに頭を振り、立てた膝を幸村の脇腹へと擦り付ける。幸村は嘆息し、自ら袴の帯を解いた。
まだ緩く立ち上がっただけの雄を少しばかり扱いて欲しがる秘処へと当ててやれば、蠢いた粘膜が容易く迎え入れる動きを見せる。僅かに腰を進めるだけで呑み込んでいく様子は、手慣れた女のようだ。
初めは、此の様な躯ではなかったのだ。
未だ戦があった頃は勿論、佐助が役目を終え、屋敷でのんびりと隠居をするようになった頃も未だ、普通の男と変わりのない躯であったのだ。佐助は色を使う事はなく、男色の気もなかったから、幸村以外の男と躯を結ぶ機会もなく、となればそうそう頻繁に交わる機会のない躯が変化することなどない。
それが次第に色小姓であるかのように慣らしが少なくても済むようになり、堪え切れずに無理に抱いても傷付く事もなくなり、女のように自ら濡れるようにもなり、今となってはただ受け入れる為だけにあるような、そんな躯に変化した。
「佐助」
名を呼べば、佐助は微かに甘い吐息を返す。奥を突くと感極まったように背を震わせ、僅かに喉が高く鳴る。ゆるゆると身を埋め、絡む粘膜の心地良さに次第に凶暴に芯を太くするそれが激しさを蓄えていくのを待ちながら、漸く帯を解く機会を得たと着込んだ着物を脱がし痩せた胸へと鼻先を擦り付ける。両手を添える胴は細く、肋骨の幅も明らかに狭まった。
骨格自体が最早猛しさは要らぬとばかりに細く小さく変化した。そのくせもともと小さな骨盤は僅かに広がり、大きく股を開いて幸村を受け容れても柔らかくその激しさを許容する。
掌は小さく、長かった指は長いまま、細く。
絡む腕は痩せ、手首も肘も関節は女よりも小さく痩せた。肩を掌に包めば、そこもまた、握り潰せそうな細さだ。
そのくせやはり、躯中を舐め回しても引っ掛かりなどない柔らかな皮膚は、陽の下で見ても血管が桃色に透くほどに美しい。
くすみの一つもない肌の、けれど決して消えなかった傷跡ばかりが佐助である事を証明しているような気がして、幸村はいつもの通りに脇腹へと残る六爪の痕を愛しく撫で、危うく急所を掠めた鎖骨の下の刀傷へと舌を這わす。
「───ん、なあ……」
微かに、甘い声が耳朶を叩いた。佐助の喉が言葉を紡ぐのは久々だ。
幸村は目を上げ、暗がりにうっすらと輪郭だけが浮かぶ顔を見詰めた。
「佐助」
途切れた声で呼ばれただけだと言うのにじわりと背に汗を掻くほど熱くなった躯で、埋め込んでいた身を揺らす。佐助は肺を絞る息を上げ、それからきちり、と汗に湿る逞しい背に指を立てた。深爪にした指は、爪で幸村を傷付ける事はない。
「……ん、な………だん、な……」
掠れた声が、次第に明確さを取り戻す。幸村は堪らずすっかりと硬度を増した雄で、濡れた裡を荒らした。切れ切れの息が快感に震え、その合間に幾度も幾度も幸村を呼ぶ。
「だんなぁ………」
強請る声色に、幸村はその唇に食らい付き表皮からは思いも付かぬほど熱い口内へと舌を潜らせた。啜る唾液はどことなく甘く、眩暈がする。
佐助は幸村の舌を甘噛みし、背を撓らせてもっと奥へと導くように、より一層大きく脚を開いた。
朝日の眩しさに目が醒めると、佐助が絡み付いていた。
身を起こしその白い背を撫でてみても離れる様子はなく、時折小さな吐息を洩らしながら細い腕で首へとかじり付いたままだ。
仕方なしにそのまま着物を付け、部屋を出ればお早う御座いますといつもより早く寝床を抜け出した幸村に、只今朝餉をと家人が慌てた。
出仕をし、政務をこなす合間も佐助は離れなかった。時折誰もいない時などに、小さく幸村を呼ぶ声がする。心細げな、甘えるその声にそっと背を撫でてやれば、佐助は満足げに息を吐いて、柔らかな髪の掛かる額を擦り付けた。
兵の鍛錬を見る間も、信玄と酒を呑む間も、佐助は一度も離れなかったし幸村も引き剥がす事をしなかったが、誰もそれを咎める事はなかった。ただ、家人ばかりが離れへとまったく渡らなくなった幸村に、時折不思議そうな目を向けた。
風呂へ入っても佐助は離れず絡んだままだったから、共に躯を洗ってやって湯の温度に覚醒した佐助が強請るままに揺すり、耳を噛み、そっと名を呼んでやると後は満足するのか再び静かになる。
共に寝、共に起き、共に過ごして幾月かした頃、ふと信玄に今度の落ち葉狩りには佐助も連れて来いと誘われて、幸村は佐助は少しばかり加減が悪う御座いますと、眉尻を下げて嘘を吐いた。
師は明らかに嘘であるそれを、そうかと頷き問い質す事もせず、加減が良くなってからで構わぬから顔を見せるよう伝えろと、そう佐助を抱いたままの幸村へと告げた。
「………お館様に言われたからではないが」
武田家臣による落ち葉狩りを終えた夕方、久々に踏み入れた綺麗に掃除がされた離れから山の紅葉を見ながら、幸村は絡んだままの佐助の背をそっと撫で囁いた。
「お前と遠乗りをして、旨い茶でも呑みながら他愛のない話でもしたいものだ」
もう二度と叶わぬのであろうか、と呟いた声は己で思うよりも優しく甘く、幸村は薄らと笑った。
「おれはお前を色児にしたかったのではないぞ」
お前がいれば政務の合間に意見も聞けよう、おれは頭が悪いのだ、と巫山戯た響きを乗せて言い、幸村は踵を返した。
「さ、冷えて来たな。早う風呂へ入って、お前を温めてやらねば」
翌朝目覚めると、しがみついていた筈の佐助の姿はなかった。
すうすうと肌寒い胸元を掻き寄せ起き上がり、慌てて離れへと向かうと久し振りに敷かれた布団がこんもりと盛り上がっている。此方へと背を向けた忍びはまだ朝寝を楽しんでいるようで、橙の頭が布団の端からちょこりと出ていた。
「佐助、起きぬか」
布団の端へと手を掛けると、佐助は小さく抗議の呻きを上げて頑なに温かな寝床へと潜ってしまう。怠惰な仕種にむっとして、布団を剥ぐと小さく縮んだ躯がより一層縮められた。
「………旦那、」
それだけ言って、非難の色を乗せた目が、片側だけちらと幸村を睨む。寝間着を掻き寄せた指は細く長く掌は小さくて、着物の裾から覗く踝も細い。
顔と肌ばかりが美しく、洩れる溜息は甘く呼気もまた、甘い。
けれど久々に濡れた光を乗せぬ瞳を見せた忍びに幸村は笑い、その小さく軽い躯を丸まったままにひょいと抱き寄せて、体温の高い腕へと抱き込んだ。
20081103
闇
文
虫
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